作品はとてもコンセプチユアルで、アプローチも方法論もとてもユニークだと思いました。
作品を制作する過程で、リサーチを重ねて分析し、自分の中で消化して、作品のかたちに落とし込んでいくのです。
ときには非常にポリティカルな要素も持っていて、単に美術の世界だけで完結させるのではなく、つねに自分が置かれている時代や社会構造にコミットしていた点に、僕は蘇-興味を惹かれました。
まさに「自分たちの時代のアート」と呼ぶのに相応しいと感じたのです。
一九九一年の細見画廊での個展では《ランドセル・プロジェクト》を発表し、同じ作品が翌年の第一回では、白石コンテンポラリーア一-のブースで出展されました。
これは、ワシントン条約で禁じられているクロコダイルやカバなどの動物の皮革を使ったランドセルの作品です。
ランドセルを製造している職人さんと何度も話し合い、依頼して制作したものです。
現在でもそうですが、村上さんは自分が手を動かしてつくることより、コンセプトを第一に考えるところがあります。
それに、個人的な表現として作品をつくるのではなく、多くの人の頭脳や技術を徹底的に調べ上げ、それを集横させた結果を作品にしてゆくのです。
この頃から、こうした作風がますます顕著になっていきます。
美術界の異端児誕生僕が村上さんと本格的に組むことになったのは、一九九四年に白石コンテンポラリーアートで村上さんの個展を開催したときです。
これは、初めて登場した記念碑的な展覧会になりました。
村上さんと奈良さんアーティストはどこにいるはアニメをモチーフに作品化されています。
これは日本のキャラクター文化というものを考えた結果、アニメが恰好のモチーフだったからです。
そしてキャラクターの王道と言うべきミッキーマウスに似た大きな耳を持つキャラクターが誕生しました。
初めは、村上さんのファン、青年レオ君のタトゥーのために考案されたものでした。
そのタトゥー図案が、やがてペインティングで措かれ、バルーンなどの立体やTシャツなどのプロダクトとしても次々に展開されていきます。
ただ、今や村上さんのアイコンとまでなったキャラクターも、デビュー時の評価は賛否両論でした。
《ランドセル・プロジェクト》は、政治性を持ったコンセプチユアルアートと評価されました。
ダダやレディメイド、ポップアートの範噂で語ることもできました。
既存の美術史の文脈の中で、どうにか意味を見出せたのです。
ところが、絵画として認められません。
当時、日本における現代アートの主流は、抽象表現主義風のペインティングでしたから、「美術」の枠からはみ出して映ってしまったのもいたしかたありません。
そのくらい革命的だったのです。
そんな状況ですから、ギャラリストとしても相当苦労しました。
作品を売るのが僕の仕事です。
ちゃんと作品を評価して買ってくれるクライアントを見つけなければ、村上さんにも僕にもまったくお金が入りません。
展覧会を開催して、「はい、終わり」というわけにはいかないのです。
当時から村上さんには特定のマニアックなファンがいて、作品を買って-れました。
とはいえ、驚-なかれ、四〇×四〇センチのペインティングが一点二五万円です。
買った人は先見の明があったと言うべきでしょう。
先日、オークションにその作品が出品されていましたが、なんと一〇万ドルで落札されていました。
ほかの作品も、今では異例の高値で取引されています。
世界のアートサーキットを目指してこの展覧会の後、一九九四年に村上さんはロックフェラー財団の奨学金を得て、ニューヨークに渡ります。
村上さんと奈良さんアーティストはどこにいるこのアーティスト・イン・レジデンスが村上さんにとって転機になったと思います。
現代アートの本場ニューヨークで、村上さんがよく口にしている「アートの世界基準」をつかみとったからです。
しかも日本では評判がよくなかったDOB君は、アメリカでは受け入れられたのです。
そして僕もまた、白石コンテンポラリーアートを退社し、独立する転機を迎えました。
海外で手応えをつかんでの帰国だったにもかかわらず、日本ではまだまだ村上作品を受け入れるマーケットはありませんでした。
それでも村上さんは、さらに過激な作品を模索していました。
二〇〇三年にオークションで五七万ドルという高値で落札されて話題になったフィギュア作品です。
このシリーズでは、さらに日本の欲望のコアな部分を突き詰めていくことになりました。
フィギュア作品によってこれまで以上に日本のマーケットとは溝を深めていき、一方で海外での評価がぐっと上がっていったのは皮肉なことです。
オークションの落札結果は各メディアでも大き-取り上げられました。
でも、見出しに「オタク彫刻六八〇〇万円」などと書かれてしまうわけです。
日本でも一応格式あると言われている大新聞でさえも、そんな具合でした。
フィギュア作品はオタクをテーマとして扱っていますが、オタクの彫刻でありません。
まず、村上さん自身オタクではないですし、オタクという日本国有の文化風土で生まれて広がりを見せている「欲望の現象」を、徹底的に調査・分析して作品のかたちで表現した、きわめてコンセプチユアルな試みなのです。
村上さんと奈良さんアーティストはどこにいる。海外では絶賛へそれを認めたくない日本当然、この作品を理解して購入したのも、海外のコレクターでした。
このコレクターもまた、決してオタクではありませんし、オタク文化に興味を持っているわけでもないと思います。
フィギュア作品を一つの芸術作品として見ているだけです。
その作品が、歴史の中の美術としてどうなのか、それこそが重要なのです。
それ以上でもそれ以下でもありません。
その意味でも村上さんの作品を購入する人は生粋の美術コレクターです。
そしてその多くは海外の人です。
二〇〇一年の東京都現代美術館の個展での新作ペインティングも、ほとんどは海外のコレクターに納めました。
日本にはそのうちの二点だけが、高松市美術館に収蔵されています。
ペニスからスペルマが飛び出し渦を巻-男性フィギュア作品《マイ・ロンサム・カウボーイ》は、それこそギリシア彫刻と並べても遜色ない、骨格やディテールが美しい作品です。
もちろん極めて性的だし、変だと言われればその通りですが、世の中には変なアート作品が山のようにあるではないですか。
この作品は二〇〇八年五月のオークションで、一五一六万ドル(一六億円)で落札されました。
絵の具の色彩やモチーフの形状といった美術の基本的な要素と同じように、歴史やコンセプトが色強く反映されているかどうかも、美術にとって非常に重要なのです。
それが濃密であればあるほど、美術品としての完成度が高いと見なされ、それにともなって市場価値も上がるのです。
以前バーゼルで、あるコレクターに「今、村上さんがこういう作品を措いているのだ」と、小さなスケッチを見せたことがあります。
その人はメモ程度のスケッチを見て、完成作品を購入することを即決しました。
一三五〇万円の作品ですよ。
彼は村上さんの描こうとしているコンセプトだけで、買う判断をしたのです。
日本で冷たい反応を受けている間に、村上さんのマーケットは、海外で確実に築かれつつありました。
アートを買うことは、もちろんお金がなければできませんが、アートを受け入れる文化的度量もあるということです。
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